脳梗塞の後遺症として、「よだれ」に悩まされる方は少なくありません。特に、顔面麻痺や嚥下障害がある場合は顕著です。また、発症直後には気にしていなかったけれど、よだれが垂れていることに気付きにくく人前にでるのが恥ずかしい、誤嚥が心配……など、退院後に困りごととして顕在化する方もいらっしゃいます。


急によだれの量が増えてしまったのだろうか……と心配されるかもしれませんが、実はそうではありません。脳梗塞後のよだれは、唾液の量そのものが増えているのではなく、口のまわりの機能低下などによって「唾液をうまく処理できなくなっている」ケースがほとんどなのです。


この記事では、脳梗塞リハビリセンターの理学療法士が、よだれが出やすくなる具体的な原因とメカニズムを分かりやすく解説します。さらに、特別な器具を使わず、ご自宅で毎日、簡単に続けられるリハビリトレーニングや生活習慣の工夫もご紹介します。


ポイント:
原因を正しく理解し、毎日の小さな習慣を積み重ねることで、トラブルを軽減していくことができます。よだれに悩まれているご本人も、ご家族も、焦らず一歩ずつ、取り組んでいきましょう。

なぜ脳梗塞後によだれが出やすくなる?


では、なぜ唾液の量は変わらないのに、口からこぼれてしまうのでしょうか。


脳梗塞を起こすと、脳の血管が詰まることで神経や筋肉への指令がうまく伝わらなくなります。よだれが口の外へ流れてしまう背景には、単に一つの理由だけでなく、口のまわりや姿勢など、以下のような複数の要因が複雑に絡み合っています。


① 口唇(くちびる)の筋力低下と、顔の筋肉バランスの崩れ


まず挙げられるのが、口をしっかり閉じる力の低下です。私たちの唇のまわりには「口輪筋(こうりんきん)」というぐるりと囲む筋肉があり、これが弱くなると口を閉じ続けることが難しくなります。


さらに脳梗塞による影響(顔面麻痺など)が加わると、口角(口の両端)を「上に引き上げる筋肉」がうまく働かなくなってしまいます。すると、口角を「下に引っ張る筋肉」とのバランスが崩れ、口角がダランと下がってしまうのです。 唇の締まりが弱くなり、さらに口角が下がってしまうことで、その隙間からよだれが外へ流れ出やすくなってしまうのです。


② 唾液を飲み込む嚥下(えんげ)回数の減少


私たちは普段、意識することなく1日に何度も唾液をゴクンと飲み込んでいます。しかし、脳梗塞によって「嚥下(えんげ:飲み込み)機能」や「舌の動き」が低下すると、この無意識の飲み込み回数がグッと減ってしまいます。 さらに、口の中の感覚が鈍くなっていると、唾液が溜まっていること自体に気づきにくくなり、飲み込むタイミングを逃してしまうことも原因になります。


③ 頭が前に落ちる「姿勢」の影響


実は、姿勢もよだれに深く関係しています。
体幹を支える筋力の低下や左右の麻痺によるバランスの崩れにより、座位(座った姿勢)が不安定だと、頭が前に落ちたり、首が不自然に曲がった姿勢が続いてしまいがちです。
頭が下を向くと、唾液が喉の奥へ流れず、どうしても口元へと集まってこぼれやすくなってしまいます。


④ よだれに気づきにくい「注意機能・感覚機能の低下」


脳梗塞の脳へのダメージは、時に「注意機能」にも影響を与えます。
口元の感覚の鈍さと相まって、よだれが垂れてきていても、「今、出ているな」と認識しづらくなってしまうケースがあります。また、②でもお伝えした通りの筋力低下だけでなく、注意機能が低下している影響で「唾液を飲み込むタイミングを逃しやすい」なることもあります。


自宅で毎日できる!よだれを軽減する簡単リハビリ5選


リハビリの現場でも、よだれ対策は「唾液を減らす」ことよりも、「唾液を適切に飲み込めるようにする」「口を閉じやすくする」「姿勢を整える」といった視点からアプローチします。
ここでは、特別な器具を使わず、ご自宅の椅子に座ったまま、またはテレビをみ「ながら」でも毎日取り組める、簡単で効果的なトレーニングを5つご紹介します。



① 口唇閉鎖(こうしんへいさ)トレーニング


唇を閉じる筋肉(口輪筋)を鍛え、口元から唾液がこぼれるのを防ぐトレーニングです。



  • やり方: 「うー」と口をすぼめ、5秒間キープします。これを5~10回程度繰り返します。

  • ステップアップ: 慣れてきたら、ストローを軽くくわえたり、唇の間に薄い紙を挟んで落とさないようにキープしたりする練習も、唇の締まりを良くするのに効果的です。




② 口を大きく動かす「あ・い・う・べ体操」


口のまわりと舌を動かすトレーニングです。


【やり方】
次の4つの動作を、顔全体の筋肉を大きく動かすイメージで行います。



  • 「あー」:口をできるだけ大きく開きます。

  • 「いー」:口角を左右に強く引っ張るように、口を横に広げます。

  • 「うー」:唇をとがらせて、前に突き出します。

  • 「べー」:舌を思い切り前に突き出します。


【ポイント】
声は出しても出さなくても構いません。一動作ずつ全力で大きく動かしてみましょう。




③ 舌の可動域(かどういき)を広げる運動


口の中に溜まる唾液を、喉の奥へと上手に送り込むための「舌の筋力」を育てます。


【やり方】



  • 舌を前に思い切り突き出す・引っ込める

  • 舌を左右の口角に向かって交互に大きく動かす

  • 舌の先で、上唇と下唇をぐるりと円を描くようになめる


【ポイント】
麻痺がある側は、動かせる範囲でゆっくりと、丁寧に行うことで少しずつ筋肉が刺激されていきます。




④ 意識して唾液を飲み込む「きっかけ作り」


注意機能や感覚の低下により、無意識の飲み込みが減っている場合は、「意識してゴクンと飲む」タイミングを生活の中に作ってあげることが重要です。常に意識していると疲れてしまうため、次のような日常の「きっかけ(合図)」と紐づけてみましょう。



  • きっかけの例: 「テレビのCMに切り替わったら飲み込む」「部屋の時計が目に入ったら飲み込む」

  • ポイント: 習慣化するまでは、ご家族からも「今CMになったから、一回飲み込もうね」などと声かけするのも、良いきっかけになります。




⑤ 飲み込みを助ける「姿勢の調整」


頭が前に下がってしまうと、重力でどうしてもよだれが流れ出やすくなります。座る姿勢を整えるだけでも、よだれの出やすさは大きく変わります。


【座り方のポイント】



  • 椅子の背もたれを上手に利用し、体が傾かないようにする。

  • 両方の足の裏をしっかりと床につける。

  • 頭が前に落ちすぎないよう注意し、首を起こして「軽くあごを引いた姿勢」を意識する。



毎日の食事の仕方・口腔ケア・水分補給を見直す|生活の中でできる「よだれ」対策


よだれのトラブル軽減には、先ほどご紹介したリハビリトレーニングだけでなく、毎日の「食事の摂り方」や「普段の習慣」を見直すことも同じくらい大切です。日常のちょっとした意識の差が、大きな変化へと繋がっていきます。


① 食事中に意識したい「一口の量」と「食べるペース」


口の中の処理(飲み込み)が追いつかずに、唾液がこぼれてしまうことや誤嚥を防ぐため、食事の際は以下の点に気を付けてみましょう。



  • 一口量を多くしすぎない: 口の中で無理なく処理できる「適量」を。

  • 慌てて食べない: しっかり噛んで、口の中のものが完全になくなってから次の一口を運びましょう。

  • 飲み込んでから次へ: ゴクンと飲み込んだのをしっかり確認してから次の食べ物を口に入れます。この時、リハビリトレーニングのところでもお伝えした「軽くあごを引いた姿勢」をキープすることが、安全でスムーズな飲み込みの助けとなります。


② 誤嚥性肺炎を防ぐ「口腔ケア」の徹底


「よだれで口が潤っているなら、菌は繁殖しにくいのでは?」と思うかもしれません。しかし、脳梗塞後のよだれは、唾液が「ゴクン」と循環せずに口の中に澱んで留まってしまうため、水たまりのように雑菌が繁殖しやすい環境になっています。さらに、口が開きがちになることで口内が乾燥し、麻痺した側に食べかすが残りやすいことも、細菌が増える原因になります。


万が一、この細菌等の混じった唾液が誤って気管に入ってしまったときに誤嚥性肺炎を起こさないよう、口の中を清潔に保つことは非常に重要です。


毎食後の歯磨きはもちろん、汚れが溜まりやすい頬の内側や、舌の上の掃除、入れ歯のお手入れなど、日々の口腔ケアを徹底しましょう。丁寧にお口の中をブラシやスポンジで刺激することそのものが、鈍くなっている感覚や機能を呼び覚ますリハビリにもなります。


③ 「よだれが多いから水分を控える」は間違い


ご家族から、「よだれがたくさん出るから、飲む水の量を減らした方がいいですか?」とご相談されることがあります。しかし、それは逆効果です。


水分を控えて脱水状態になると、唾液が粘つき、かえって飲み込みにくくなっていきます。口の乾燥を防ぎ、スムーズな飲み込みを助けるためにも、こまめな水分補給を心がけましょう。


まとめ


脳梗塞後のよだれは、ご本人にとっても、ご家族にとっても日常的かつデリケートで深い悩みになりやすいものです。しかし、そのメカニズムを理解すると、「口内や口の周りの筋力を呼び覚ますこと」や「姿勢を正すこと」などがいかに大切かがわかります。


大切なのは、高価な専門器具などを用いることではなく、ご自宅で無理なく、日々つづける工夫です。テレビを見ながら、CMをきっかけになど、生活の一コマに楽しみながらリハビリを取り入れてみてください。


上記を取り組んでみて、ご不明な点や、さらなるステップアップをご希望の方は、ぜひ一度、脳梗塞リハビリセンターのリハビリ体験にてご相談ください。




【この記事の執筆協力・監修】




郷胡 佑輔(ごうこ ゆうすけ)


脳梗塞リハビリセンター 理学療法士