「シーティング」で車いす生活に劇的な変化が起きる!
(お話:シーティングスペシャリスト 山崎泰広さん / インタビュアー:佐野純平)
みなさんは、「シーティング」をご存じですか?
シーティングとは、「使用する方に合わせて適切な車椅子を選択し、最適な状態に設定・調整するための理論と技術」とされています(*一般社団法人日本車椅子シーティング財団より)。脳梗塞による麻痺があり、普段車いすで長い時間すごしている私ですが、実際にシーティングを体験してみて、タイトルのとおり「車いす生活を劇的に変化させられる」技術だと感じました。
(左:インタビュアー佐野、右:山崎さん)
わずか15分の指導で、背筋が伸びて、ものすごく安定性が向上したことと、視野が広がったことに感動しました!
私は2018年に脳梗塞を発症してから、車いすで日常生活を送るようになりました。およそ8か月ほどして電動車いすを使うようになって、1人で外出できる範囲が広がり、できることが増え、車いすに座っている時間はさらに長くなりました。電動車いすを使い始めてほどなくして、自身にあうクッションをオーダーメードでつくってもらった時に、初めて「シーティング」という言葉を耳にし、長く快適に座れるようになり大変助かったので、いつかちゃんと「シーティング」について話を聞いてみたいと思っていました。
今回、シーティングの日本における第一人者である山崎泰広さんにインタビューの機会を得たのでその様子をリポートいたします。
◆山崎さんとシーティングの出会い
山崎さんは、「一般社団法人日本車いすシーティング財団」の理事も務められており、「国際シーティングシンポジウム」(ISS)により常にアップデートされる世界水準のシーティング理論と技術、その活用を日本に広める活動をされています。
山崎さんは、ご自身が脊髄損傷(下半身完全麻痺)による車いす生活を送る中で、脊柱の側弯と円背(えんぱい・いわゆる猫背)と褥瘡(じょくそう)などの二次障害に悩まされ続けた経験があり、治療しても再発する褥瘡のために、なんと足掛け12年にわたって入院と手術を繰り返すほど悩まされていたとのことです。
*褥瘡(床ずれ)は、体のある部位が長時間圧迫されたことにより、その部位の血流がなくなった結果、組織が損傷されることです。(*日本形成外科学会HPより)
その状況を知った知人の紹介で、1993年、アメリカの有名なリハビリ専門病院で7回目の手術(皮弁手術)を受けた山崎さんは、手術から回復して車いすに座れるようになった時、シーティング・スペシャリストと呼ばれる担当のPTに出会います。そのPTに座位姿勢を評価して褥瘡と側弯の原因である骨盤の片側への傾きを改善するクッションとバックサポートを処方してもらった際、「左側に傾いた骨盤の傾きを治さなければ左座骨の褥瘡は何度でも繰り返し発生します。治癒のためには、骨盤を中立な正しい状態に戻すことが不可欠です」と教えられます。そうして座位姿勢を改善してもらった山崎さんは、2か月のリハビリを受け、その間シーティングの微調整をしてもらい、褥瘡再発から無縁の身となられました。
山崎さんは帰国後、ご自身の人生を変えてくれたシーティングを日本に広めたいという思いで、褥瘡に苦しんでいる脊髄損傷者や、高齢者、脳性麻痺者、障害児、そして医療・リハ職へ向けたセミナー・講演を実施するようになったとのことです。しかし、日本では「車いすは患者運搬の道具」と考えられがちで、欧米のように車いすに快適性や機能性を求め、個人のニーズに合わせ、自立支援を促すシーティングの認知度やその普及は他の先進国と比べ、極めて低いというもどかしさもあったようです。「座位保持ができるかできないか」のレベルで止まってしまっている日本を動かすため、診療報酬の対象でなかったシーティングをリハビリテーション料に算出されるよう働きかけたり、姿勢がかわることで二次障害*(後述)が解決したら病院も意識を向けてくれるのではと試行錯誤してきたとのこと。「シーティング」が当たり前の概念・知識となることを私も願います。
<ここがポイント!> シーティングとは…
使用する方に合わせて適切な車椅子を選択し、最適な状態に設定・調整するための理論と技術です。
- 適切な姿勢保持による二次障害の予防
- 快適性の提供と褥瘡の予防
- 残存機能の最大限の発揮 が目的です。
その結果、車椅子使用者の自立度や積極性が向上し、活動・参加を促進させ、当事者の人生をより豊かなものにします。自立度の向上により、介護者(施設職員・家族等)の負担軽減につながります。
★重度の身体障害者だけでなく、軽度な方、アクティブな方、アスリートも含めた障害児、障害者、高齢者すべての車椅子使用者が対象となります。
*参考:山崎さんの著書ー『療育ハンドブック47集 シーティングで変わる障害児者の未来~変形・脱臼・褥瘡などの二次障害を障害児者だからとあきらめていませんか?姿勢の改善で様々なことが可能になります~』(一般社団法人 全国肢体不自由者父母の会連合会刊)
◆“二次障害”とは
シーティングの目的に挙げられている“二次障害”という言葉も聞きなれなかったので、改めて山崎さんにご説明をお願いしました。
二次障害とは… 障害を負ったあとに後天的に発生する障害のこと
- 褥瘡
- 身体の変形(側弯・円背など)
- 股関節・膝関節・足関節の拘縮
- 股関節の脱臼
- 異常な筋緊張(強い筋緊張で体が伸びてしまう、弱い筋緊張で倒れてしまう)
- 呼吸器系の問題(深い呼吸ができない、大きな声が出ない)
- 消化器系の問題(排尿排便)
- 循環器系の機能の低下や疾患の発生 などのことだそうです。
山崎さんは「まずは、二次障害は防止できると考えるところから始めてください」とセミナーで話されるそうです。
なぜなら、「二次障害は、障害があるからではなく障害による筋肉や緊張のアンバランスが原因で、正しい姿勢が保持できなくなり、悪い姿勢によって発生する」からです。「悪い姿勢を改善して、良い姿勢を保つことで、多くの二次障害が防止できる」というのが世界標準の考え方なのです。山崎さんも、シーティングに出会い褥瘡の再発が防げるようになるまでは「障害を負ったのだからしょうがない」とあきらめていたとのことですから、二次障害が改善可能であること、防止できると知ることの大切さを感じました。
◆シーティングの基本
さて、本題の「シーティング」の基本の3つのポイントについてです。
- 骨盤をたてる … 障がいのため、左右のどちらかor前後に傾いているケースが多い。姿勢の改善のためには傾いた骨盤を中立な状態に戻す。そして、それを保持することが大切
- 圧の分散 … 姿勢が崩れると、一部に圧が集中してかかってしまう。それにより痛みや褥瘡などを引き起こしてしまう。それを予防するには、それぞれの部位(座面、背面、足底など)に均等に圧がかかるよう調整していくことが大切。
- アライメント … 座位では骨盤の上に肩と頭を位置することで楽にバランスがとれ、負担が減って、視野が得られ、頭、上肢、上半身を動かしやすくなる。(立位の場合は、頭・肩・骨盤に加えて膝(の皿の後方))
変形の起きるメカニズムやその予防方法を、骨盤の模型を用いながら丁寧に教えていただき、私の現在の骨盤の傾きや座り方などを見直し、シーティング指導をいただきましたのでその様子を実際の映像でご覧ください。
★シーティングの指導の様子を動画でご覧いただけます。
動画の中でも紹介されていたシーティング用のクッションの仕組みや除圧素材の特性などは、とても興味深いものでした。長時間座位をとっている車いす利用者の負担をいかに減らすか、また個人毎にカスタマイズする大切さを改めて認識しました。
実際に体験してみて大変驚いたのですが、理想のシーティングを目指し、姿勢を良くしていくと、座っているのがとても楽になり、身体がきれいに伸びるようになり、胸が開き、呼吸しやすくなりました。さらに、姿勢が良くなったからか、視野が広くなりました。少しの時間でしたが、かなりの変化を感じました。
ここまでお読みいただきありがとうございました。次のページでは、「脳卒中者(片麻痺がある場合)のシーティング」についてご紹介します。